HPFhito55・町の舵取りで人間関係学を実践する浦河町長池田拓氏

 筆者は浦河高校の卒業生で、幼少の頃から高校卒業まで浦河に住んでいた。その関係もあり、浦河町長のパノラマ写真を撮りたくなり、予約を入れてJRの「優駿号」で浦河行きとなる。札幌から浦河には高速バスを利用するのが便利である。そこをバスより時間のかかるJRの普通列車(日高線は普通列車しかないけれど)に乗るのは、土日祝日限定の乗り放題の乗車券が利用できるためである。高速バス料金の半額以下で浦河町を往復できる。
 浦河駅は人が居るようだが、改札業務無しの無人駅状態である。駅ホームから跨線橋を渡ると国道に出る。昔は海だったところである。国道を渡ると海の埋め立て地に浦河町役場の庁舎がある。庁舎前辺りで後ろから公用車が来る。浦河駅に筆者を迎えに行った車で、車の迎えがあるとは知らなかった。
 日曜日にもかかわらず町長室で浦河町長池田拓(ひらく)氏と初対面である。池田氏は昨年(2013年)12月に1期目の任期満了を迎え、選挙により再当選し、2期目に入っている。1期目の選挙の時は元町教育委員会管理課長で出馬している。氏は1951年生まれなので、63歳である。
 町長室でパノラマ写真撮影とインタビューを行う。話は同町の抱える課題に及ぶ。道内市町村に共通する人口減少と同町の基幹産業の軽種馬生産の先細りへの対応に腐心している様子が伺える。
 「海と牧場の町」が同町のキャッチコピーであると記憶している。しかし、同町は今や「イチゴ」の生産地に変貌していると聞くと予想外である。イチゴはハウスで作られるので、広い農地は必要でない。流通が確保されていると安定した収入が得られる。浦河町のイチゴは夏・秋物で、東京のケーキ店に出荷される。イチゴの需要は多いけれど、生産に従事する農家が不足状況にあるそうだ。移住者も含め、若者がイチゴ生産者となって同町で働いてもらい、軽種馬生産を補てんする農業に育てていきたいとのことである。
 肉牛生産や昆布を始めとする海産物生産と、浦河町の産業活性化が人口減少を食い止める手段である。しかし、海産物をとっても、海水温の上昇により鮭の代わりにブリが捕れるようになり商品価値が落ちるとか、昆布をを食べてしまう紫ウニが増えている、磯焼けの進行等と問題が起きてきて、一次産業の振興も一筋縄ではいかないようである。
 浦河町のイメージキャラクターも新しく制定し、浦河の名前から女の子の「うららん」男の子の「かわたん」が公募により名づけられた。町長室の隣の会議室にはこれらのイメージキャラクターや浦河町の特産品のイラストの大きなパネルが壁にはめ込まれてあった。
 池田氏は苫小牧工業高校を卒業後、建築会社に就職する。建築方面には向いていないと、和光大学に進学し、人文学部人間関係学科を卒業している。町長職は、いってみれば人間関係学を実践しているともいえ、大学で学んだ事が生かされているのだろう。
 インターネットに載っていた池田氏の紹介に、犬と6匹のカメを飼っていとあり、この点について尋ねてみる。ニュージーランから来て一時期同町に滞在した人が帰国に際して「ミドリカメ」だといって飼育を頼み、引き取ったカメが実際6匹いる。しかし、これはミシシッピアカミミガメで、大きくなってきて大変らしい。趣味は家庭菜園と音楽鑑賞で、レコードをプレーヤーで聴くとのことである。
 昼食は昔筆者の育った小さな商店があったところの向かいに建ったホテルのレストランである。かつての商店のあった面影は消えてしまっていて、感慨深いものがあった。昼食時の話で、浦河町出身の初のオリンピック代表のウィリアムソン師円選手も話題となる。同選手の応援のため、池田町長はソチオリンピックに行ってきており、その際の土産話などが続いた。
(町長室の池田拓浦河町長、2014・3・9)


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