HPFhito50・マイコン時代からのつながりの北大水産科学研究科教授飯田浩二先生

 北大学術交流会館でのシンポジウムでの特別講演を終え、隣の建物の北大交流プラザ「エルムの森」で持参PCを操作していた。そこに背後から声が掛かる。函館にキャンパスのある北大水産科学研究科教授の飯田浩二先生が立っておられる。長いこと会っていなかったこともあり、筆者であるかどうか確信が持てずためらっていた、との飯田先生談である。これは奇遇である。
 飯田先生とのお付き合いは1978年頃まで遡る。筆者は、当時世の中に現れてきたマイクロコンピュータ(マイコン)を研究に利用しようと、応用技術開発の目的もあり、学内外の研究者や技術者、マイコン愛好家等を集めて「北海道マイクロコンピュータ研究会」を主宰していた。月1回、研究会の例会があり、時には道内の各地で研究会を開いていた。
 研究会の17回目は1978年の6月に函館の北大水産学部で行っている。この研究会の世話役を努めていただいた飯田先生の研究発表は「マイクロコンピュータによる水中音響測定システム」であった。水産の分野の研究者(大学院生)であった飯田先生が、いち早くマイコン技術を研究に利用しようとしていたのは、筆者の状況と重なる。
 飯田先生は1981年北大水産学部の助手に採用され、講師、助教授を経て1998年教授になられている。主要な研究テーマはソナーを用いた音響海洋資源調査と解析といったものである。音響ホログラフィ技術で、音波や超音波による物体の可視化技術の研究をしていた筆者は、研究上でも飯田先生とのつながりができることになった。
 筆者の研究分野の国際学会に「Acoustical Holography」と銘打ったものが1967年に創設され、その第1回目に筆者も論文を提出している。この学会はその後「Acoustical Imaging」と名称を変えて続いている。この学会に飯田先生との共著の論文を発表したり、同道で参加した思い出がある。1989年にサンタ・バーバラで開かれた第18回目の学会の論文集が手元にあり、飯田先生との共著論文が載っている。論文名は「Three-Dimensional Display Technique for Fish-Finder with Fan-Shaped Multiple Beams」である。
 筆者の研究はその後信号処理やコンピュータグラフィックス、メディア工学の分野に変わっていったので、飯田先生とのつながりは薄れた。今回偶然の再会で、急きょ飯田先生のパノラマ写真を撮る。「エルムの森」店の北大グッズが置かれているところに、筆者の都市秘境本や「爪句集」の豆本が並べられていて、パノラマ写真にも写るように撮影する。
 この原稿を書いていて、研究者としての現役時代には、分野外の人が読んでも(読まれることはあまりなかっと思われるけれど)理解の及ばない研究論文に精魂を込めていたのを思い出す。もうその研究生活には戻れないだろうという感慨がある。今は誰が見てもわかる写真と、写真の説明の域を出ない「爪句」を捻り出す自称爪句作家で、自分も随分変わったものだと思う。その変わり様が顔つきにも出て、飯田先生は筆者であることを、一目では確信が持てなかったのだろう。


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(北大交流プラザ「エルムの森」での飯田浩二先生、2014・2・18)

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