HPFhito39・親子3代で北大に関係するノーステクノロジー呉敦社長

 ノーステクノロジー社の呉敦氏は中国吉林省長春市の出身である。吉林大学を1981年に卒業して、北大電気工学科大学院に進学、1988年に博士号を取得している。呉氏の父親が北大の医学部を卒業していて、その事もあって北大進学を選択したとのことである。現在、呉氏の娘の里実さんが北大医学部に在籍というから、親子3代にわたって北大のOBと現役生である。なお息子の喬実さんは京大で農学を専攻している。
 呉氏の北大時代の話に及ぶと、氏の博士論文審査の副査の一人で筆者も加わっていたらしいのだが、記憶にない。論文をパラパラとめくってOKとでも言ったのか、その話が時々出てくる。北大に勤務していた時は、中国人留学生の博士論文の主査でかなりの学生の面倒を見ていた。加えて副査もあれこれと頼まれ、提出された論文は斜め読みで、これでは記憶に残っていない。しかし論文提出者の方は副査のことを記憶している。
 呉氏は博士号取得後東芝に11年間勤め、1998年札幌に現在の会社を立ち上げた。情報システムのソフトウェアが仕事の内容である。札幌を創業の地に選んだのは、日本国内では中国東北地方の風土や気候が似通っている北海道に惹かれたせいである。日本での母校の北大の所在地が札幌であることも影響しているだろう。
 中国に精通して中国語ができるので、中国遼寧省大連市に大連北光信息技術公司を創りその理事長でもある。中国の大学の客員教授も勤めている。筆者は2005年上田文雄札幌市長に「eシルクロード親善大使」制度を進言して、同制度が設けられた。親善大使8名の一人として呉氏にも加わってもらった。この制度は親善大使が札幌とアジアの情報産業の盛んな都市の人的交流や情報交換に寄与していくもので、呉氏は適任者であった。同制度の活動のために組まれた予算が無く、8年ほど続いたが現在は無くなっている。
 ノーステクノロジー社は札幌駅北口から近いビルの二階にある。何度か行ったことがあるのだが、パノラマ写真を撮りに行くのは初めてである。社員が仕事をしているオフィスに立ってもらっての撮影である。その後少しばかり話をする。今年(2014年)で57歳になる呉氏は、子ども達も大きくなって、仕事一筋から趣味にも軸足を移してきているようである。釣りとゴルフが好きだとのことであるけれど、釣りもゴルフもしない筆者は、この方面で共通の話題は見つけられなかった。


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(社内での呉敦氏)

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